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1/2(二分の一)報道

今日のテレビで、学校の体育教師が生徒にケガをさせ、減俸……というニュースを見た。
なんでも、体育の授業中にかたづけるよう指示したマットの上でふざけていたので、カッとなって生徒の体をそのマットに叩きつけたりしたそうだ。
50代のこの教師は生徒に対し、申し訳ないことをした、という謝罪コメントを出していた。

いい大人なんだから、カッとしたからと言って相手にケガをさせてはいかんだろう。
ましてや、ひとを育てる立場の教師なら、なおさらだ。
でも、自分が先生の言うことを聞かずにふざけていたためにこんな事件になってしまい、しかも先生が処罰されてしまったと聞いて、当事者である生徒(とその親)はどう思っているのだろう?と、私はちょっと考えてしまった。
ケガをさせた教師のコメントを報道するのなら、もう一方の生徒(もしくは親)のコメントも取ってほしいものだ。
教育者でありながら生徒に暴力をふるってしまった教師が処罰されるのは当然だが、そうなるきっかけをつくった生徒も、きちんと謝罪しなければいけないと思うのだ。
そして、マスコミはそれも報道すべきではないのだろうか?

こういう報道を見るたびに感じるのは、情報が一面的に過ぎるということだ。
今回の事件に限って言えば、どうして教師はカッとしたのか(注意しても生徒が言うことを聞かなかったのか、それとも注意せずにいきなり暴力に訴えてしまったのか)、状況がよく判らない。
なのに、教師側の「生徒に申し訳ない」というコメントだけを報道するので、視聴者サイドは「最近の教師はダメだなー」という印象を持って終わってしまう。
なんだか、報道のしかたに恣意的なものさえ感じてしまう。
もちろん、時間枠の決められたテレビ番組内で複数のニュースを流すのだから、ひとつひとつについて事細かには報道できないだろう。
でも、それだったら、教師のコメントも流すべきではないと思うのだ。
事件に興味を持ったひとは、勝手に新聞なりネットなり週刊誌なりで情報を入手すればいいのだから。
中途半端な情報だけを与える報道は、先入観を植えつけかねない。結構危険なのではないかと思う。

いじめ問題についての報道もそうだ。
自殺した子供の親のコメントは報道されるが、いじめていた側の子供(とその親)についてはまるでコメントが流されない。
もちろん、加害者側の子供の将来を考えて報道を控えるという姿勢は必要だが、実名や写真を伏せてでも、今どう思っているのか、そのコメントは聞きたいと思う。
たぶん、自分がいじめていた相手が自殺してしまって、その子はとてもショックを受けていると思う。
後悔もしているだろう。
(それとも、まるで平気でいられるほど今の子供達の心は荒んでしまっているのだろうか……?)
自分のしたことを悔いているならその罪悪感を吐露することで、また、罪悪感を持っていないのであれば、それを公に発表させれば当然世間から非難を受けるだろうから、その姿を見せることで、今現在軽い気持ちでいじめをしている子供達を踏みとどまらせることができると思うのだ。
そうして、その報道を学校の教室で生徒達に見せ、教師と生徒とが一緒になって考える場をつくればいいと思う。
いじめをしていた子供は登校停止、なんていう馬鹿げた施策よりもよっぽど抑止力になりはしないだろうか?

周知させるべき情報とそうでない情報。
その取捨選択をするのは、報道人であってはいけないと思う。
それは、受け取り側である視聴者の役目だ。
当事者の片方のコメントだけを報道することで、世論を操作する。
意図的であれ、無意識であれ、それをしてしまったら純粋な報道とは呼べないだろう。
マスコミ業界に従事するひとびとは、もう少し自分の持つ影響力と責任を自覚しなければならないのではないだろうか。
そして、それを受け取る我々も、与えられる情報を鵜呑みにせず、自分でも疑問を持って調べるようにしなければならないんだなぁ、と反省した今日のできごとでした。

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コメント

報道とかマスコミなんて、むかしからそんなもんだ。マスコミに限らず、人は誰も、自分が伝えたいことしか伝えようとしないし、自分が聴きたいことしか聴こうとしない。そこにあるのは公平な正義やジャーナリズムなんてものじゃなくて、すべては「誰かのフィルターを通したもの」でしかないことを、伝える側も受け取る側も理解したうえで報道等と付き合うべきなのだよ。

てなわけで、今年もヨロ。いい年になるといいな、おたがいに。けっこう厳しそうだけどな、おたがいに(^^;)。

>もあさん
あけおめ、ことよろ~(←私語?)
高島易断で見ると、今年の私は可もなく不可もない運勢のようだ。
が、去年は人生で最高の年と占っていたこの易を信用していいものかどうか……(^^;)

まあ、とりあえず今年もまた~りとゴーイング俺様道を行きましょう、お互いに(笑)

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